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人形についての基礎知識(目次)



1.はじめに


お節句の楽しみ方への提案

家族の絆(きずな)を大切にいたしましょう。

現在、私達の生活は、あふれる情報の中で、せき立てられるように時を費やしています。人も企業も走り続けることが求められ、諸事便利になってはいますが、その反面で人として、最も大切な豊かな感情、すなわち情緒が次第に薄れてきています。近頃では子ども達の世界にもその影響が及び、いろいろと難しい問題が持ち上がっています。

また、家庭では核家族化が進み、祖父母と孫との触れ合いもなかなかできません。お子様のお節句のお祝いを機会に、何よりも親と子、祖父母と孫が触れ合うこと、また親しい方々をお招きしてホームパーティを開くことなどで、人と人との絆をより深めて行きたいものと考えます。

昔は通常、家族のみならず親戚までをも含む大家族制が多く、大勢が一つ屋根の下で生活していました。お子様のお節句なども一同が揃って祝うことが多く、そこには家族としての強い絆がありました。こうした集まりを重ねる中で情緒ある家庭生活が営まれ、子ども達は自然に家族の絆、家族の大切さを学びながら育ったものでした。

現代では核家族化の影響で、祖父母と孫とが和やかに触れ合う機会も減り、家族としてのだんらんのときさえなかなか取れません。ひな祭りや端午の節句に代表される季節の行事を大切に、出来るだけ多くの機会に皆様が集まり、お子様を祝福してあげること、さらに、お子様が何歳になってもそれを続けていくことが、家族の絆をより深めることにつながると考えます。

お節句の意義~節目を大切に~

お正月飾り、三月五月のお節句飾り、そして七五三...どれも、子どもが無事に成長し、立派なおとなに育つようにという、人生の節目を祝うお祭りです。

竹が節目を持ちながら強くまっすぐに成長するように、人生の節目々々を祝うのは古くからの日本のしきたりです。たとえ贅沢なことはしなくても、ぜひ心をこめて、各ご家庭でお祝いをしてあげて下さい。

人形の飾り方ワンポイントアドバイス

ひな人形、五月人形を飾る場所は、日当たりの良いところやお人形に直接温風があたる場所は、変色・変形等の原因となりますので避けましょう。

また、飾る際には、箱からお人形やお道具類、鎧、兜を取り出す順に写真を撮っておくと後の片づけが大変楽になります。

伝統的工芸品についてその1

古くからの伝統工芸品を保護、育成するために、経済産業大臣が次のような要件を満たしたものを「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」により指定しています。

必要な要件とは

1)年に一回の行事でも、主として日常生活で使われるもの。

2)製造過程の主要部分が手づくりであること。

3)100年以上継続している技術や技法で作られていること。

4)100年以上継続している原材料を使用していること(絹、綿、麻、木材等の天然素材で化学繊維やプラスチックは不可)。

5)産地があり、地域産業となっていること、つまり産地の同業組合が存在していること。

伝統的工芸品についてその2

伝統的の"的"とは、工芸品の特長になっている原材料や技術、技法の主要な部分が今日まで継承されていて、さらにその持ち味を維持しながらも、産業環境に適するように改良を加えたり、時代の需要に即した製品作りがされている工芸品、という意味です。

伝統的工芸品についてその3

現在、節句人形関連では次の6品目が指定されています。

1)江戸木目込人形

2)京人形

3)駿河雛人形

4)駿河雛具

5)江戸節句人形

6)岩槻人形

指定の要件を満たした商品には、伝統的工芸品のマークがつきます。例えば江戸木目込人形は、桐塑(とうそ)のボディに正絹や綿の布を木目込み、頭も素焼頭等を使用し、手もプラスチック以外の桐塑や木彫り等の天然素材で作られています。つまり100年以上前とほぼ同じ商品というわけです。

2.雛人形


Hina Doll

From ancient Japan, people transfered theie misfortunes befallen them to dolls and exorcised them on March third.

The dolls are called Hitogata or Katashiro which are human figure made of paper or straw and used to be set adrift at sea or down a river. This custom was connected with "doll-house-play" among girls during Heian period and developed into Hina Festival of today.

Today, just as olden day households with young girls, we display Hina dolls and celebrate Hina Festival to pray for their happiness on March third.

ひな人形とは

女の子の無事な成長を願って飾る男女一対を基本とするお人形です。

ひな人形の種類

ひな人形には大きく分けて、衣裳着人形と木目込人形があります。

仕立て上げた着物を着せ付けて作ったものを衣裳着人形、型の溝にそって裂(きれ)を貼り込んだものを木目込人形といいます。

雛文字の語源

「雛」という文字は、ずいぶん難しい文字で、別に"ひひな"とも言われます。その意味は鳥の子が「ひひと啼く」ことが語源になっているらしいのです。それゆえ、小さく愛らしい物にはすべて、「雛」という文字が使用されています。例えば「雛形」といえば大きな物を小さい形に造ったもの「雛鳥」「雛鶴」などという言葉も、同じ意味のものなのです。

雛人形・雛祭りの由来

女の子の誕生を祝って初節句に雛人形を飾るようになった3月3日の雛祭り。3月の最初の巳の日であることから、正式には「上巳(じょうし)の節句」といいます。

さらに、この頃は桃の花が咲く時期ですので「桃の節句」という名でも親しまれています。

奈良時代の日本では、草や紙で「ひとがた」という人の形をつくり、災いを払うために川や海に流す儀式がありました。

これが「流しびな」の風習になり、お雛様の先祖になったといわれています。

平安時代には、宮中で「ひいな遊び」というお人形遊びが盛んになりました。 この「ひとがた」と「ひいな遊び」が長い時間をかけて自然と結びつき、雛祭りになったといわれています。

ひな祭りの歴史

ひな祭りの歴史は古く、その起源は平安時代中期(約1000年前)にまでさかのぼります。

その頃の人々は、三月の初めの巳の日に、上巳(じょうし、じょうみ)の節句といって無病息災を願う祓いの行事をしていました。陰陽師(おんみょうじ・占い師のこと)を呼んで天地の神に祈り、季節の食物を供え、また人形(ひとがた)に自分の災厄を托して海や川に流すのです。

また、その頃、上流の少女たちの間では"ひいな遊び"というものが行われていました。ひいなとはお人形のことです。紙などで作った人形と、御殿や身の回りの道具をまねた玩具で遊ぶもので、今の"ままごと遊び"でしょう。このことは紫式部の『源氏物語』や清少納言の『枕草子』にも見られます。

長い月日の間に、こうした行事と遊びが重なり合って、現在のようなひな祭りとなりました。

上巳の節句が三月三日に定まったのは、わが国では室町時代(約600年前)頃のことと思われます。しかし、この頃から安土・桃山時代にかけては、まだひな人形を飾って遊ぶ、今のひな祭りとはかけ離れた祓いの行事でした。この日が華やかな女性のお祭りとなるのは、戦国の世が終わり世の中が平和になった江戸時代からのことです。

江戸初期の寛永6年(1629年)、京都御所で盛大なひな祭りが催されました。この頃から、幕府の大奥でもひな祭りを行うようになり、やがてこの習慣は上流から町民へ、大都市から地方へと大きく広がっていったのです。

そして江戸中期には、女性たちばかりでなく、女の赤ちゃん誕生を祝う初節句の風習も生まれて、ひな祭りはますます盛んになりました。江戸市中には雛市(ひないち)が日本橋十軒店(じゅっけんだな・いまの室町)や浅草茅町(かやちょう・いまの浅草橋)など各所に立って大変にぎわいました。またこの頃から附属のひな人形やひな道具の種類も多くなり、かなり贅沢なものが作られるようになりました。幕府はひな人形の華美を禁じるお触れを再三出しています。

明治に入ると、新政府は従来の節句行事を廃止して新しく祝祭日を定めました。節句行事は一時衰えますが、しかし、長い間人々の生活に根を下ろした行事は簡単になくなるものではなく、やがて復活します。こうして上巳、端午、七夕など子どもに関係深いお節句は、今も民間行事として盛んに行われています。

このように、ひな祭りは長い歴史の中にはぐくまれた、日本の誇る生活文化なのです。昔の人たちが工夫を重ねてきたように、現代の生活の中でも、いろいろアイデアをこらして、それぞれのご家庭で、みんなが一つになって、明るく楽しいお節句を演出してみようではありませんか。

ひな料理

用意するお料理は、まず、はまぐりです。

はまぐりは、他のはまぐりのフタとはピッタリ合わない事から、女性の貞節を教える意味で使われます。その他季節柄、貝を多く使ったちらし寿司や、鯛の塩焼き、まき貝が願い事をかなえるという意味から、さざえのつぼ焼き等が当日のメニューにふさわしいでしょう。

子供向けには、よもぎ入りの草餅、ひなあられ、白酒などを準備しましょう。

お祝いのお返しの方法と、初節句の祝い方は?

お仲人、親戚、知人などからお祝いを頂いたら、子どもの名前で、内祝いとしてお返しをします。お礼状に、お赤飯やおめでたいお菓子を添えるのが本来のかたちです。赤ちゃんのスナップ写真を添えるのもよいでしょう。ただし、お祝いを頂いた方を、ひなの宴にお招きする場合は、それがお返しの代わりとなります。

お招きするのはお節句当日か、その前夜(宵節句といいます)がよいでしょう。両家の祖父母を初め、親戚、そして普段親しくしている人などをお呼びします。

招かれた側では、すでにお祝いを贈っていれば何も持っていく必要はありませんが、たとえば桃など、季節の花を持参するのは奥ゆかしい心づかいと言えるでしょう。

次女・三女が生まれたらどうしたらよいでしょう?

ひな人形はその子どもの成長と幸福を祈るものですから、基本的には一人一人の人形と考えられます。出来れば次女、三女にも、それぞれのひなを用意したいものです。しかし、それが無理な場合は、それぞれ何かその子の記念になるような人形を買い求めてあげて、ひな壇にいっしょに飾ってあげるのがよい方法でしょう。

ひな人形はいつからいつまで飾るのでしょうか?

立春過ぎから二月中旬、遅くともお節句の一週間前までには飾って、その日を楽しみに待ちましょう。また片付けは、季節の節目という本来の意味からもなるべく早めに、遅くとも三月中旬までには済ませましょう。お天気の良い乾燥した日を選びます。なお、何かの事情で人形を保存できなくなった場合には、全国各地の社寺で行っている人形供養(人形感謝祭)に持参し、若干の供養料を添えて納めるのがよいでしょう。

ひな人形は、誰が買うのでしょうか?

古くはお嫁入り道具として婚家へ持参したものでした。従って、母方の実家から贈る例が多いようです。しかし現在では、可愛い子どものためにと両家で話し合い、費用を折半することも多くなりました。お仲人、親戚、親しい友人などからは、ケース入りのわらべ人形や舞踊人形、市松人形、木目込人形など、ひな壇に飾り添える華やかな人形を贈るのが一般的です。

なぜひな人形を飾るのでしょうか?

人形(ひとがた)、あるいは形代(かたしろ)と呼ぶ草木あるいは紙やわらで作った素朴な人形に、自分の災厄を移して海や川に流した祓いの行事と、平安時代に始まるお人形遊び"ひいな遊び"とが、長い間に結びついたのが、現在の「ひなまつり」です。

ですから、ひな人形には、生まれた子どもがすこやかで優しい女性に育つようにとの親の願いが込められています。つまり、ひな人形をその子の形代と考えて、どうぞ災いがふりかかりませんように、また、美しく成長してよい結婚に恵まれ、人生の幸福を得られますようにという、あたたかい思いを込めて飾るのです。

ひな人形のしまい方

ひな祭りが終わった後、なるべく早くしまうとされていますが、天気がよく、空気が乾いている日を選んでおしまいください。天気の悪い日は、湿気を含んでおり、カビや虫食いの原因になります。

早くしまわないと婚期が遅れるなどと言い伝えられていますが、特に根拠はないので気にする必要はありません。それより長い年月飾る人形ですから、しまい方(保存状態)が重要です。

天気の良い日にしまうことと、収納場所に湿気の少ない場所を選ぶことです。

お人形の顔や衣裳、お道具類には、ほこりがついています。毛ばたきでよく落としてからしまいましょう。持ち道具は取り外して、それぞれ決まった袋の中に入れましょう。顔や手の部分は素手で触らないようにし、柔らかい紙(ティッシュ等)でくるみます。お人形やお道具もそれぞれ柔らかい紙でくるんで、ほこりがつかないようにしてください。お人形やお道具類は、それぞれ決まった箱の中に収めてください。飾る際に箱を開けたときの収納状態を写真に撮っておくとしまうときに便利ですよ。大きな箱の中にいくつかのお人形やお道具を入れる場合には、中でぶつからないように、隙間にうす紙などを軽く詰めてください。

防虫剤を入れてよいかどうかは、表示ラベルなどをよく見て確かめましょう。防虫剤を入れるときは、お人形専用防虫剤が最適です。防虫剤はひと箱に1個とし、お雛さまなどに直接触れないように注意してください。また、樹脂製品には入れないで下さい。違う種類の防虫剤を一緒に入れないで下さい(ナフタリンと樟脳など)。また、毎年同じ防虫剤を使用するようにしてください。

男雛と女雛、左右どちらの並びが正しいの?

結婚式もそうですが、お雛さまも向かって左に男雛、右に女雛と決まっています。ところが大正時代以前と、現代でも京都では、これが逆なのです。日本の礼法では向かって右が上座だったので、ひな人形も男雛が右でした。俗に京雛と呼ばれ、ひな人形のお内裏様は天皇・皇后の姿を模しています。この左右が入れ違ったのは昭和の初めでした。昭和天皇の即位式が紫宸殿で行われた時、欧米にならい向かって左に天皇陛下、右に皇后陛下がお並びになったことから、当時の東京の人形組合がお雛さまの左右を入れ替えて飾ることに決めたからです。ところが京都だけは、大正以前の京都御所の天皇の並び方を故実を基に守っているため、向かって右に男雛、左に女雛という飾り方をしています。いづれにしてもどちらの並びも正しいと言えますので、それぞれお好みの飾り方を楽しめばいいのでは。

雛のいろいろ~ながしびな(流し雛)~

雛人形を川や海に流す習慣です。ひとがたを流す古い形式が変化したものです。中でも鳥取地方の用瀬流し雛が有名です。ここでは立ち雛形式の紙の雛を桟俵に乗せて流しています。

雛のいろいろ~こきんびな(古今雛)~

享保雛以後新しく工夫された町雛の総称です。明和~安永(1760~70年代)頃、江戸十軒店の原舟月が作りはじめて流行しました。現在の雛人形に近いものです。

雛のいろいろ~きょうほびな(享保雛)~

江戸時代に流行した面長の衣裳着雛です。寛永雛から発達したとされるもので、面長な顔に切れ長な目、能面に似た静かな表情をしているのが特徴です。衣裳は装飾性に富み、町雛として愛用されました。

雛のいろいろ~じろうざえもんびな(次郎左衛門雛)~

江戸時代に流行した丸顔の衣裳着雛です。江戸時代、寛文(1660年代)の頃、京都の雛屋次郎左衛門が創始したという雛の総称です。丸顔に細い眼、小さい唇と鼻などが特徴とされます。

雛のいろいろ~たちびな(立雛)~

立っている夫婦雛の総称です。別名を紙雛とも言います。

雛のいろいろ~かみびな(紙雛・神雛)~

立ち姿の簡素な雛です。雛人形の起源である祓いの形代から人形化したものです。 立ち姿なので立雛とも言われます。

ひな人形の寸法の旧称(立姿)

やなぎもの(柳物)約9センチ

やなぎもの(柳物)約11センチ

こげし(小芥子) 約12センチ

けし(芥子)約14cm

こさんご(小三五)約16センチ

さんご(三五) 約20センチ

じゅうばん(十番)約22センチ

九番以上は番数が小さくなるほど寸法が大きくなります。

地域による差

地域によってひな人形にも随分と差があります。例えば都市部では、三五や十番の平飾りがよく飾られ、地方の場合、地域によっては三段飾りが主流と言うこともあります。この主因は住居の面積の差と考えられます。

流行

ひな人形にも流行はあります。1~2年では分りませんが、五年前、十年前のものと比べると確実に変化しています。素材の変化はもちろんですが、色・柄・仕立ての変化などに、ある程度その時代の流行が見られます。

関東雛・京雛

関東で作られる雛人形を関東雛、京都で作られる雛人形を京雛といいます。関東雛の頭ははっきりした目鼻立ちですが、京雛は目もやや細めで、京頭といわれる独特のおっとりした顔立ちです。ただし、最近では以前ほどの顔つきの違いは少なくなりました。

ひな人形《小道具》の持たせ方仕丁(衛士)

仕丁(しちょう)

庶民出身のこの三人は、笑い顔、泣き顔、怒り顔と人間の三大表情が描かれています。

烏帽子はゴムのものと紐のタイプのものとがありますが、すべりやすいので、どなたかに抑えていただくと簡単にかぶせられます。

台笠は右手を上げた仕丁の手に差し込むようにして持たせます。

沓台は両手を開いた仕丁の手にはさむように持たせます。

立傘は台笠と同様に左手を上げた仕丁に持たせます。

京風の場合、仕丁の手の形が違う場合があります。その場合は向かって左側から泣き顔、怒り顔、笑い顔の順に並べます。烏帽子は首からぶら下げるようにします(ペシャンコの烏帽子です)。

熊手は向かって左側の仕丁の前に置きます。

ちりとりは真ん中の仕丁の前か横に置きます。

ほうきは向かって右側の仕丁の前に置きます。

ひな人形《小道具》の持たせ方随身

随身(ずいしん)

護衛の係りで、長いひげの老人が左大臣(向かって右)、りりしい若者が右大臣(向かって左)です。

冠はゴムのものと紐で結ぶタイプのものとがありますが、追い毛が頬の横に来るようにつけるのがポイントです。

太刀は左の腰と袖の間に差し込んでください(紐がついている場合は胴に回して結びます)。

持ち矢は羽の方を下にして右手に持たせます。

背矢は背中の帯に差し込みます。紐付きの背矢は胴に回して前で結びます。

弓は左手に持たせます。

ひな人形《小道具》の持たせ方五人囃子

五人囃子

子供姿の楽団、通常五人一組です。向かって左側より音の大きな楽器を持ちます。

烏帽子はゴムのものと紐で結ぶタイプのものがあります。

脇差しはそれぞれ五人囃子の左腰に差し込みます。

太鼓(たいこ)は左右の手にそれぞれバチを持たせ、太鼓の台の上にのせ、お人形の前に置きます。

大皮(おおかわ)は左手に大皮(絵のない鼓)を持たせます。口を開いている顔のお人形です。

小鼓(こつづみ)は右肩の上に小鼓(絵のついた鼓)をのせます。

笛(ふえ)は両手の指の間に持たせます。持たせにくい時は手首が回りますので動かしてください。

扇は右手に持たせます。口を開いている謡の顔のお人形です。

鼓の表面が白いのが大鼓、黒い輪が描いてあるのが小鼓です。

小道具をどうしても上手く持たせられないときには、人形の手を少し動かして持たせやすくしてください。人形の腕の部分には針金が通っているので、少々動かしても大丈夫です。この場合、手先ではなくひじの部分を動かすようにするのがコツです。

ひな人形《小道具》の持たせ方三人官女

三人官女

親王さまの身のまわりの世話やお酒やご馳走を運ぶ係りの人です。

加えの銚子は左手を開いている方の官女の右手に持たせます。

三方(三宝)は座った官女の両手にはさみこむように持たせます(なお、この官女の顔にはまゆがありません)。

長柄銚子は左手を握っている方の官女に両手で持たせます。

三方(三宝)が嶋台に変わるタイプもあります。

ひな人形《小道具》の持たせ方親王さま

親王さま

内裏雛(だいりびな)とも言います。平安時代の貴族のお殿さまとお姫さまがモデルで、お姫さまの着ているのは縁起のいい重ねの色の十二単衣(じゅうにひとえ)です。

笏(しゃく)は、右手の親指と人差し指の間に差し込んでください。

太刀(たち)は、左側の腰と袖の間に差し込んでください(紐がついている場合は胴に回して結びます)。

檜扇(ひおうぎ)は開いた状態で両手に持たせてください。

冠(かんむり)の紐は、親指と人差し指にかけ輪を作ってからかけると簡単です。冠をかぶせるときは上部を人差し指で軽く押さえながら紐を結んでください。纓(えい)は、冠の後ろ側の穴に差し込みます。

御殿飾り(ごてんかざり)

上段に内裏雛を飾る雛の館のことを京都では御殿と言いました。

その中に一対の雛を飾る形式が江戸時代から流行してきます。この御殿のことをお厨子とも呼びました。

御殿は、紫宸殿になぞらえたものとも思われ、またこの御殿作りを源氏枠とも言います。

有職雛(ゆうそくひな)

公卿の装束を、有職故実に基づいて正しくつくった雛のことです。

十六世紀に始まるヨーロッパのドールハウスは、当時の貴族家庭の人物や調度品類を実物通り縮小製作した、まるで「人形の家」を連想させます。

江戸時代(1751~64年)、公卿が人形師に注文して作らせたのが始まりと言います。

節句のお菓子その1

ひな祭りと言えば、菱餅、雛あられ、端午の節句は、柏餅とちまきがつきものです。

餅は昔より災厄を祓うとされ、お正月の鏡餅をはじめ、お雛さまに菱餅、五月人形には柏餅が供えられます。

節句のお菓子その2

菱餅は餅が菱形で、下段から白、草色、紅色と三段に重ね、寒い冬(白)を過ぎ、草木の萌える早春を草色で表し、花の咲く春を紅色としたと言われています。

または、下段は草色で地を表し、中段は白で空間を、上段は紅で太陽を表していると言う説もあります。

また、関西地方では5色を重ねた菱餅もあります。

節句のお菓子その3

端午の節句に粽(ちまき)を供える謂れは、中国の故事により起源します。人々を悩ませた水神悪鬼を鎮めるため、粽を海に投げ入れると蛟龍となって天に昇り、それ以来人々も災難から逃れることができたという故事により、災難を除し家運を祈って供える風習となりました。

短檠(たんけい)

扁平丸形の反射板を取り付けた昔の燭台です。三月節句の雪洞、五月節句の提灯と同じ用途で、対にして用います。

市松人形の由来

市松人形とは、やまと人形の別称で、関西では「市松」、北陸方面では「三吉」、そのほか「じんじょこ」「ねんね」「でく」など地方により様々な呼び方があります。一般的には男の子は羽織袴の正装、女の子は通常おかっぱ頭で、振袖人形としては日本人形の代表的な人形です。三月節句には雛段等の左右に男女一対で飾られ、出産祝の贈り物として多く利用されています。

高砂の由来

「高砂や~」、と結婚式に昔は良く歌われ、又、能楽でも代表的なものです。 箒と熊手を持ち、「高砂の浦」の松の木陰を仲睦まじく掃き清めている老夫婦の姿をしており、男性は住吉の松の精、女性は播州高砂ノ浦で、相生の松といわれ、古今代わりなき代を寿ぐたとえをあらわしています。そのような意味からお節句のお祝い物としては大変ふさわしいもので、特に仲人さんからの贈り物として最適のものといえます。

木目込人形

衣裳を張り、木目込んだ人形の総称です。木彫り、または生地に金襴、縮緬などの布をきめこみたる人形の名称です。江戸時代中期(1703~1792年)、京都、上加茂神社の使人高橋某が柳の木を彫刻し、衣裳の余り布などできめこんだのが初めとされ、加茂人形の名称もあります。

衣裳着

着せつけをした人形の総称です。裸人形、木目込人形、鎧着人形などに対し、衣裳を着せ付けたものをいいます。

段は通常、二段・三段・五段・七段があり、さらに間口によって三十号(三尺、90センチ)、三十五号(三尺五寸、105センチ)、四十号(四尺、120センチ)、四十五号(四尺五寸、135センチ)、五十号(五尺、150センチ)と分かれます。

頭(かしら)

人形のあたまの部分を頭といいます。十数年前までは桐のおがくずを固めた練頭やプラスチック製の頭が主力でしたが、現在はほとんど石膏製です。目玉の入っているものを、入れ目、目が描いてあるものを書き目と言い、衣裳着はほとんど入れ目の頭が使用されています。

また、木目込人形はほとんどかきめです。これらは素焼き頭と言って、粘土を型抜きして釜で焼いて作ったものを多用しています。

頭は非常に汚れやすい部分です、素手で直接、人形の頭の部分に触れないようにしてください。

なお簡単なよごれなら、早いうちにティッシュか綿棒をほんの少し水に浸したもので軽くこすれば取れます。

裂地(きれじ)

人形に着せ付ける衣裳に金色の糸が入っている場合、これを金襴と呼びます。金襴は京都の西陣地地区や群馬県の桐生市が主産地です。

頭(かしら)(あたまの部分)を取り付ける前の衣裳着人形の本体を胴または胴柄といいます。

頭は最後につけます。衣裳着人形の頭は一部を除いてほとんどが取り外し可能なので、頭を差すという表現を使います。(これに対し、ほとんどの木目込人形の頭は固定されていて取り外しが出来ません)。

笄(こうがい)

冠の左右に出ている横棒のことです。なお、女性のかんざしの一種も笄と言います。

纓(えい)

男雛の冠の後ろに差す薄い羽根状のものです。直立しているものを立纓(りゅうえい)と言い、天皇のみが使用できます。垂れているものを垂纓(すいえい)と言い、他の皇族が着用します。巻いてあるものを巻纓(けんえい)と言い、随身が着用します。

玉櫛(たまぐし)

内裏雛の女雛の髪につける櫛です。正しくはさいし(釵子)あるいはひらびたい(平額)と言います。

立傘(たてがさ)

昔、高貴な人の後からお供がかざした日傘です。雛人形の衛士の持っている笠です。五月枠飾りの立物にも用いられます。傘は羅紗などの袋に入れてあります。長柄傘とも言います。

台笠(だいがさ)

武家が用いた丸い笠を笠の先に乗せたものです。雛人形の衛士の持っている笠です。五月枠飾りの立物にも用います。昔、武家の用いた笠を羅紗などの袋におさめ、竿の上にのせたものです。

衽付(おくみつき)

内裏雛の衣裳の仕立て方の名称です。女雛の裾の部分の仕立て方を言います。

垂髪(すべらかし)

女の下げ髪の髪型です。全髪を頭頂にたばね結び、その先を長くたらした髪を言います。内裏雛の女雛及び官女などに用います。

引房(ひきぶさ)

内裏雛の女雛の袖の装飾用の房です。

肩房(かたぶさ)

内裏雛の女雛の肩よりたらす装飾用の房です。

裳(も)

女雛の腰から下の後方だけにまとった布です。ひだが深く吉祥文様などが描かれます。

肩帯(けんたい)

女雛の肩にかけるスカーフ状の帯のことです。正しくは懸帯(かけおび)と言い、前面には刺繍を施します。

檜扇(ひおうぎ)

檜の薄板で作った扇です。内裏雛の女雛に用います。

石帯(せきたい)

束帯の腰にまとう革で作った帯のことです。玉、めのうなどの石を位の上下によって帯に並べてつけるから石帯と言います。

笏(しゃく)

昔、文武官が束帯を着ているとき、手に持ったものです。

束帯(そくたい)

朝廷の正装のことで、公の場ではこの服装を必ず着用しました。

螺鈿(らでん)

あわびなどの貝の真珠色に光る部分を薄片とし、種々の形に切って、ひな道具、屏風、又は布などに埋めつける技法のこと、古くインドに起こり、中国を経てわが国に渡来しました。

梨子地(なしじ)

細かい金、銀の粉を用いた蒔絵、塗り、または紙の種類です。金粉、銀粉をまきちらし、梨の実の肌のように仕上げたものです。

絹目押し(きぬめおし)

屏風などに使用する布目のある紙です。紙をプレスして絹目を出したもので、布目ともいいます。三月及び五月に用いる金屏風などの紙です。

絹地箔押し(きぬじはくおし)

絹地に金箔で箔押しした、高級品の屏風です。

金沢箔(かなざわはく)

金95%、銀5%の合金を叩いて一万分の一ミリまで打ち伸ばしたものです。主に金沢で作られます。

屏風(びょうぶ)

風よけ、または装飾のために室内に立てて用いる道具です。親王のうしろに飾り、種類には二曲、三曲、四曲、六曲、八曲などがあります。

本金蒔絵(ほんきんまきえ)

本金の金粉(芥子粉と言う)を使用した蒔絵です。

三つ葉盛り上げ(みつばもりあげ)

三つ葉唐草模様を盛り上げて描いたものです。主として高級品に用いられます。

盛り上げ蒔絵(もりあげまきえ)

模様を盛り上げて描いた蒔絵です。唐草、花鳥山水などの図案を、浮き立たせるように高く盛り上げて描いた蒔絵の技法です。

三つ葉唐草(みつばからくさ)

三つ葉をあしらった唐草模様です。

唐草蒔絵(からくさまきえ)

蒔絵模様の種類です。つる草をからませた模様を描いたものです。

御殿(ごてん)

御殿造りをかたどった雛の屋形です。黒、朱、梨子地塗りなどに蒔絵付のものと、白木造りとがあります。また、屋根なし(源氏枠)のものもあります。

三曲揃(さんきょくぞろい)

琴、三味線、胡弓の三種を合わせた雛道具です。

三面揃(さんめんぞろい)

双六盤、碁盤、将棋盤の三種を合わせた雛道具です。

重箱(じゅうばこ)

食べ物を盛る箱形の容器です。方形扁平の箱を二重、三重、五重に重ねたものです。角、角丸、胴張形などがあります。

火鉢(ひばち)

手を暖め、湯茶などをわかすのに用いる道具です。丸、角、胴張、御殿形などがあります。

段掛(だんかけ)

毛氈・だんぬのとも言い、三月、五月の雛段にかけるきれです。

お伽犬(おとぎいぬ)

座形彩色の対の犬です。胡粉彩色や金銀箔押しをした美しいものです。いわば、お雛さまの守護神で、内裏雛の左右におくものです。犬箱あるいは犬張子ともいい、現在の犬張子のもとです。香箱のようにふたがとれ、御守札などを入れ得ます。嫁入道具としても重要な役目を持っていました。

几帳(きちょう)

布を用いた一種の衝立です。装飾をかねて衝立や屏風の役目をなしたものです。表面は朽木形模様や花鳥の絵が描いてあります。また、錦や綾織物を用いた美しいものを美麗几帳と言います。

火袋(ひぶくろ)

雪洞(ぼんぼり)などの火をともす部分をおおう布製の笠のこと、ホヤとも言います。

雪洞(ぼんぼり)

6角、丸形、棗(なつめ)形などのひなまつりの燈火台です。足は、一本足、二本足、三本足のものがあり、台は、丸形、六角形、菊形のものがあります。

三棚(さんたな)

3種の棚を組み合わせた調度です。黒棚、書棚、厨子棚の3種一揃いです。武家の調度として用いられ、高貴の女性の嫁入道具ともされたものです。

貝合わせ

貝合わせとは、蛤(はまぐり)貝の中側に絵や歌が書いてあり、同じ絵の貝を二つ合わせる遊戯です。

貝桶(かいおけ)

6角筒形の容器です。貝合わせの貝を入れる容器一対です。

行器(ほかい)

丸い筒形で、外ぞりの脚がついた容器です。平安時代の外出用の食物の容器です。

花車(はな

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